ジャズのいわゆる「ウッドベース」は、クラシックや吹奏楽などで使われる「コントラバス」は同じかという質問をたまに受けます。
もちろん同じ楽器です。そもそも「ウッドベース」とは和製英語なので外国では通じません。「『ウッドベースって?』:この楽器の名前」で書いた通り、ヨーロッパの諸言語ではジャンル問わず「コントラバス」あるいはそれに似た名前で呼ばれます。また英語では、double bassといいます。
では、いわゆるクラシック・ギターとロックで使われるエレクトリック・ギターの構造が異なるように、ジャズで使われるコントラバスとクラシック音楽で使われるベースの構造が異なるかというと、そういうこともありません。
それでは、セッティングは違うのかというと、ここは意見が分かれると思います。
まず、弦についてですが、クラシックのコントラバス独奏では、ソロ・チューニングといって、通常のコントラバスと比べて全音高い調弦で演奏する場合がほとんどです。この場合、専用の弦を使います。しかし、それ以外はクラシック音楽でもジャズでも一般的な調弦である限り、共通の弦を使います。
ただし、弦の銘柄によって、クラシックのアルコ(弓奏)とジャズのピッツィカート(指弾)のそれぞれに対して向き不向きがないかといえば、私はすべての弦を試したわけではありませんが、そういうことはあると思います。ただし、一般に「ジャズ向き」とされているトマスティックの「スピロコア」がクラシック向きでないかといえばそういうことはありません。スピロコアの弦なら私も分解したことがあるのでわかりますが、名前の通りコア(芯)が spiral rope 、すなわち細かな金属の糸が三つ編みのようにロープ状に編まれています。これはおそらくガット弦のような弾力による豊かな倍音を狙ったものだと思います。
弦高については、少なくとも日本やアメリカではジャズの人のほうが低めを好むという傾向はあるようです。ただ、ヨーロッパ、特に北欧や中欧に関する限り必ずしもそうともいい切れないようです。私個人の意見としては、楽器の調整には、楽器が適切に鳴るためのセッティングと、プレイアビリティのバランスが重要だと考えますが、後者については本人の力量に左右されることもあると思います。楽器が適切に鳴らすことを考えると、あまり極端な設定ではなく、クラシック奏者の標準的な設定を基準にするほうがよいと思います。
次に楽器の良し悪しについてですが、クラシック向きの楽器、ジャズ向きの楽器というものはおそらく存在しないと思います。確かにコントラバスには大きくフラットバックとラウンドバックがあって、両者の構造は異なります。また、大きさや形などの個体差もとても大きいといえます。したがって、ジャンルによる傾向というよりは、弾きやすさも含めて演奏者の好みにあうかどうかということのほうがはるかに大きいと思います。そして、クラシック奏者が弾いてよく鳴る楽器は、ジャズ・ベーシストが弾いてもよく鳴るはずです。楽器の性能をその鳴り(音量、音色の豊かさなど)と考えると、ジャンルに対する向き不向きは、少なくともコントラバスに関してはそれほどないものと考えます。
最後に奏法について考えてみましょう。
本来、コントラバスは「擦弦楽器」に分類されます。つまり、弓で弦をこすって音を出す楽器です。ところが、ジャズなどのポピュラー音楽は發弦楽器、すなわち指(やバチなど)で掻き鳴らす弦楽器のように演奏します。
よって、コントラバスの奏法は、クラシック音楽のようなアルコ(弓奏)とジャズのピッツィカート(指弾)というとても大きな相違点があるといえるでしょう。
ところが、私はクラシックの演奏家のレッスンを長年受けていますが、両者の奏法には見た目の相違点よりも共通点のほうがはるかに大きいと考えます。特に、左手(正確には左半身)のテクニックは99%以上が共通していると私は考えています。また、右手が指弾する方向についても、本来、この楽器が擦弦楽器であることを考えると、指板に水平に弦が振動するようにはじくと楽器が効率的に鳴るというようなヒントが得られます。実際に評伝を丁寧に調べると、名だたるジャズ・ベーシストの多くがクラシックの教育を受けていることにも気づくはずです。
クラシック音楽が演劇だとすれば、ジャズはアドリブのあるコントや漫才のようなのもの。即興音楽ですから、状況に応じた対応を迫られます。そういうことを考えると、技術的な課題からより自由になっている必要があるとさえ考えます。