ジャズ・クラブなどで自己紹介をするとき「ベースの吉岡直樹です」ということが多いですが、今回はこれは本当に楽器名なのか? っていうお話です。

「ベースの吉岡直樹です」の「ベース」とは、もちろん略語です。この棺桶のような巨大な楽器のことを、英語では double bass 、またヨーロッパの諸言語ではコントラバスやそれに似た名前で呼ぶことが多いようです。

英語の bass の読み方には、「ベイス(ベース)」と「バス」の2種類がありますが、後者はブラックバスのような魚をさすとき(ビールの銘柄も?)くらいで、音楽関係の bass は例外なく「ベイス」のように発音します。contrabass という単語も外来語として英語圏の人が使うことがありますが、英語としての発音は「コントラバス」ではなく「コントラベイス」に近いです。

この楽器は、ほかにも acoustic bass, upright bass, string bass などの英語の別名があります。acoustic bass や upright bass はエレクトリック・ベース(ベース・ギター)と区別するときに、string bass というときはテューバのようなほかの低音楽器と区別するときに使う言葉で、そのような必要がない場合、単にベースと呼ぶことが多いようです。string bass は教育用語だというような解説をみたことがありますが、ニューオーリンズ在住の英語ネイティブの人が使っているのをきいたことがあります。

日本では、コントラバスといったり、吹奏楽では弦バスといったり(これは string bass の直訳でしょうか)します。

「ウッドベース」という呼び方もありますが、私は自分から使うことはないです。

理由はいくつかあって、まず言葉として美しくないこと。美しいか醜いかは主観ですけど、アートに関わる以上言葉の響きはとても重要なことだと思います。

次に、和製英語であること。和製英語には肯定的な立場の人もいますけれど、やはりこの楽器を専門に演奏する者としてこの言葉は受け入れ難いと感じている人が大半でしょう。

興味深いのは、「コントラバス弾いてます」といえばなんとなくクラシック音楽をイメージする人が多く、また、クラシック音楽をやっていて「ウッドベースやってます」という人はまずいないと思われるように、なんとなく音楽のジャンルごとに呼び方を変えていることです。「ウッドベースとコントラバスはよく似た別の楽器だと思っていた」という方もいらっしゃるようで、ここまでくると、弊害もあるのでは? という気もします。

逆に、さまざまな音楽ジャンルで使われ、構造も様々なギターは、たいてい単にギターと呼んでも不都合がないのに対して、コントラバスは同一の楽器に対してジャンルによって呼び分ける習慣があるように思います。私は、この習慣を少しずつ変えていきたいと考えます。

さてこの楽器の名前にまつわる最大の問題として、double bass にしても contrabass にしても、これらは本当に楽器名なのか、という疑問があります。

これは、ソプラノやアルトのような音域名でしかありません。ソプラノ・サクソフォンやアルト・クラリネットという楽器はありますが、「ソプラノ」や「アルト」という楽器はありません。ダブル・ベースやコントラバスは、ベース(バス)の音域のさらに低音域をあらわす音域名で、その証拠にコントラバス・サクソフォンのように、「コントラバス」を音域名として冠する楽器もあります。ところが、我が愛する棺桶のような弦楽器は音域名だけでしか呼ばれることはありません。楽器名が存在しないようなのです。

こういう話をしておりましたら、「ピアノ」も楽器名じゃなくてダイナミクスに過ぎないという指摘がありました。しかし、調べてみると、「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」という正式な名前の省略だということがわかりました。

コントラバスのような固有の名前がない楽器がほかにないかと探しておりましたら、打楽器の「トライアングル」がありました。これは、「三角」という意味でしかないわけで、特に正式な名称もないようです。でも、なんだか潔くて、コントラバスより格好いいなと思いました。