ベースの奏法やジャズの理論についての解説が YouTube を始めとした動画サイトにアップロードされるようになり、多くの人がこれらの動画を参考にしているようです。私もベースの奏法について YouTube の動画を気が向いたときにアップしていますし、ジャズの理論についての解説もしてほしいという要望をいただくことがあります。
しかし、これらの動画で学んで着実にスキルアップしている方はどれくらいいるのでしょうか。今回はこれについて考えてみましょう。
前提となる知識や技能が不明確
動画を視聴してもなかなか上達できない理由はいくつかありますが、そのうち1つは、自分のレベルにあっていない場合がほとんどです。動画が難しすぎるか簡単すぎるのです。
学習するには前提とする知識があります。つまり、ものには順序があるのです。例えば、九九も満足に覚えていないのに、複雑な割り算の計算は難しいでしょう。同様に、コード・シンボルを見てもコード・トーンが曖昧な状態で、対応するスケールを考えることは難しいでしょう。
簡単すぎる動画を見て分かった気になっていないか
反対に、易しすぎる動画ばかり見ていてスキルが積み上がっていかないという原因もありそうです。
例えば、YouTube にアップされている動画の大半はわかりやすい初歩的なものが中心です。私も YouTube に解説して分かったのですが、初歩的な内容のほうが、中級者以上向けの動画と比べて圧倒的に再生数が伸びるからです。
YouTube で情報発信する目的や意義は人によってそれぞれで、私のように再生数はほとんど気しない人もいるので一概にはいえません。しかし、発信者は玉石混交で、「石」、すなわち初級者の投稿も自ずと初歩的な内容に偏りがちになるだろうと想像すると、やはり目につきやすい情報は簡単な内容ばかりなのでは、と想像します。
そのような、8割から9割くらい理解できる動画をいくら視聴しても、なかなか上達はしません。なぜなら、完璧とはいえないまでもほぼそのスキルはすでにほぼ身についているからです。ある山頂に対していくつか登山ルートがあるように、あるスキルを身につけるための練習方法は複数あります。自分の知らない練習方法を知って「なるほど」と思ったとしても、その練習方法で達成できるスキルが身についているのであれば、その練習方法を試す優先順位は低いでしょう。
ものには順序がある
さきほど、計算における九九の例で示したように、習得すべきことにはある程度の順序があります。
コード・トーンやテンションについての知識や技能が不十分なのに、アッパー・ストラクチャー・トライアドについて実践的なスキルを身につけるのはかなり無理があるはずです。まずは、自身の楽器でコードやスケールをしっかり練習して表現できるようになるのが先決でしょう。
このように、なにかを習得するためには前提となる知識や技能があります。
私は DIY の参考に YouTube で工具の使い方やなにかの補修の仕方を調べることがあります。皆さんのなかにも、例えば料理のレシピや下ごしらえの方法などを調べることもあるでしょう。
このような動画は、理解する前提がはっきりしています。工具の使い方であれば大半は初心者向けでしょうし、なにかの補修の方法の解説動画で、なにか特殊な工具が使われていて自分に無理だと気づいたら、まずは、その工具の使い方についての動画を先に視聴するかもしれません。
料理のレシピにしても同様です。これは多くの人を対象にしたものですが、それでも「みじん切りって何ですか」「小さじって何ですか」というような人は対象外でしょう。家庭料理で使われる手順や道具についての最低限の知識が前提になっています。
ところが、ジャズの場合は前提となる知識や技能がそこまで明確に示されていません。
例えば、曲中のコード進行が、だいたい聞いただけで理解できる人もいればまったく見当もつかない人もいるわけです。曲そのものは全員が聞こえていても、その聴き方、聴こえ方が、知識や技能によってまったく異なるのです。しかし、自分にとっては、それぞれ自身の聴き方、聴こえ方が全てです。知識についても同様でしょう。よって、つい自身の知識や技能で動画を理解しようとします。特殊な工具を見て、「これは無理だ。まずは、この工具の使い方を調べよう」というような判断につながりにくいということはいえるのではないでしょうか。
目的が漠然としている
音楽の動画の難しいところは、自分のレベルにあった動画を探しにくいということもあるでしょう。
例えば、「ベースラインの作り方」「ソロのしかた」といっても、前項で書いたように前提となる知識がさまざまであることに加えて、そのアプローチもさまざまです。
よりよいベースラインやソロを弾けるようになりたいという思いは、楽器を持った直後の初心者から世界トップクラスのベーシストまで共通している課題といえます。知識や技能、音楽経験が何万倍、あるいはそれ以上異なっていたとしても、YouTube の検索ワードにはそこまで違いは見られないのではないでしょうか。基本的に皆、「うまくなりたい」、ただそれだけなのですから。
「ベースの弾き方」ではなく「枯葉のベースライン」「Fのブルースのソロ」のようにより具体的なワードで検索するほうが目的の情報にはたどり着くとは思いますが、それでも自分のレベルにあっているか、そして何よりもその情報の信憑性を自身で判断できるのか、という問題もあります。
具体的な練習につなげよう
プロの料理研究家の料理のレシピ動画を見て、自分でもなんとかそれらしいレシピができるのは、自身に最低限の料理の知識やスキルがあること(例えば「小さじ」の意味がわかる)に加えて、レシピの内容が専門的な知識や技能を要求していないことがあげられます。だから、特別な訓練をすることなく、多少盛り付けの見栄えは今ひとつでも、最低限の料理にはなるのです。
しかし、楽器の上達とは、手順だけではなく、スキルや知識そのものを高めていくからです。スポーツ選手が目標を達成するために緻密なトレーニング計画を日々こなしていくために、楽器のスキルアップのためには、適切な手順で継続的なトレーニングが必要です。
練習方法が明確に示されているか
YouTubeの教則動画を参考にするときには、結果だけではなく、そのスキルを身につけるための練習方法が明確に示されているかをチェックするとよいでしょう。できれば、良い例だけでなく陥りやすい悪い例や注意点、なぜそのようにするかという理由や根拠もあると納得するでしょう。
料理のレシピではないのですから、その通り1度やったらそれでおしまいということにはなりません。その練習を100回やったとして、きちんと目標が達成できるのか、しっかり見極めることが大切です。
示された練習方法にしっかり取り組んでいるか
動画で適切な練習方法が示されていたとして、実際にそれに一定期間取り組むことが必要です。
私のレッスンをしていますが、レッスンを受けはじめの受講生の大半は、取り組みが不十分なのにもかかわらず「やってきました」「できました」といいます。実は私自身も初めてレッスンを受けた直後はそうだったので、きちんと説明をしますけれども、「達成できた」という基準がそもそも異なるのです。
何かを習得するということは、神経が強化されるということだそうです。そして、そのためには適切な方法で反復練習する必要があります。しかし、不適切な方法で反復練習してしまうと、その不適切なやり方で神経が強化されてしまいます。これが「悪い癖」の正体なのですが、それはともかく、何かができるようになるためには、神経が強化されるまで繰り返し繰り返し練習する必要があります。
これは特に基礎練習にいえることですが、理論的な学習においても、耳や手や目をバランスよく使って継続的に取り組むことが必要です。つまり動画を1本見たら、それに対して少なくとも数日、必要に応じて半年やそれ以上の期間をかけて取り組む必要があるということです。もちろん、その動画にそれだけの価値があれば、の話ですが。
まとめ
私の想像ですが、音楽の教則動画をあたかも料理のレシピのような感覚で次から次へと見て、ちょっと理解やスキルが追いつかないと「これはちょっと違う」と判断して、自分が理解できるような内容だと「なるほど」と納得している方がほとんどだと思われます。
例えば、私のベース奏法の YouTube の教則動画は、1本につき30-50時間程度の取り組みが必要な内容です。これは、アマチュアの練習時間では最低でも1〜2ヶ月程度はかかるのではないでしょうか。
スキルアップするということは、やり方や考え方を変えることとほぼ同義です。自分のこれまでのやり方や考え方を変えていくためには、これまでに試したことのないトレーニングや方法論にしっかり時間をかけて取り組む必要があります。
それだけの労力と時間をかけるのですから、その内容や方法が信頼してよいものか、しっかり見極める必要があると思うのですが、そう考えると、無料で何でも学べる便利な時代になったようで、実は無料動画よりも信頼できる一貫性のある奏者のレッスンを継続的に受けるほうがコストパーフォーマンスもタイムパフォーマンスも優れているのではないかと、私は信じています。何よりも自身の到達度と目標に応じて適切に指導してくれますから。皆さんはどうお考えでしょうか。