ジャズ理論(ジャズ・セオリー)という言葉があります。
リスナーの方にはあまり関係のないお話なのですが、ジャズを演奏すると、早かれ遅かれジャズ理論という存在を意識することになることでしょう。
ジャズ理論は、難しい、堅苦しい、めんどくさいというイメージがあるでしょう。そして、理論的な指摘や助言をしてくれる人に対しても、いちいち細かい、うっとうしい、ほっといてくれ、という感想をお持ちの方も少なくないかもしれません。いずれもネガティブな感じがしますが、どうしてジャズ理論はここまで嫌われるのでしょうか。そして、学ぶ意義はあるのでしょうか。今回はこのことについて考えてみたいと思います。
ジャズ理論とは
本来、自由な音楽表現であるはずのジャズに、なぜ理論があるのでしょうか。
理由は主に2つあると思います。1つ目は、感覚的な試行錯誤はいわゆるタイパ(タイム・パフォーマンス)が悪すぎること、2つ目は、ジャズの演奏が原則として合奏であることです。
「自由に絵を描いてみなさい」
自由に絵を描きなさいといわれて、画用紙とクレヨンを渡されたとしましょう。小さな子どもたちであれば、画用紙いっぱいに(ときには画用紙からはみ出して)、楽しそうに絵を描くことでしょう。楽しい理由は、誰からも指図されずに思い通りに好きなことを自由に描けるということが大きいと思います。
ただ、子ども時代というのはそう長くも続きません。多くの大人たちは、絵を描くことに飽きて、スポーツや音楽のような別の趣味を見つけたり、ゲームや読書や動画鑑賞(という名のスマホいじり)のような時間つぶしを覚えるからです。大人になっても絵を描き続ける人たちはごくひと握りです。
そのひと握りの人たち、すなわち職業画家として絵を描く人だけでなく、趣味、すなわち楽しみのために絵を描く人たちも含め、彼らは、子ども時代と同じやり方で絵を描いているわけではないでしょう。
日頃からデッサンのトレーニングをしたり、模写をしたり、習作を描いたり、そして、構図や色使いや技法をいろいろと検討したりすることでしょう。
音楽表現に必要なこと
楽器の演奏も同様です。音の出るおもちゃが乳児の興味関心の対象になるように、打楽器や鍵盤楽器などを気ままに鳴らすことには、プリミティブな喜びがあります。しかし、この楽しさはいつまでも長続きするものではありません。なぜなら、そのようなやり方では毎回似たような結果にしかならず、発展しないからです。
自身が満足する表現にするためには、楽器の演奏技術を磨くことに加えて、音楽を表現するための「構図や色使い」、すなわち音楽理論を学ぶ必要があります。楽譜をそのまま演奏する音楽ではないジャズにおいて、奏者がこのようなことを学ぶ意義は大きいといえるでしょう。西洋音楽の理論のうち、特にジャズの演奏者にとって使いやすくしたものがジャズ理論といえます。
学ぶ目的を明確に
ジャズ理論の必要性を感じて、それに取り組もうとした方も少なくないでしょう。しかし、学ぼうと一念発起してからこんにちまで継続的にジャズ理論を学び、確実に自身の表現に生かしている方はとても少ないようにお見受けします。これはプロフェッショナルな奏者にとってもとても難しいことです。
挫折の原因はいくつか考えられます。例えば、適切な学び方がわからない、学んだことを生かせない、モチベーションが維持できないといったことが考えられます。
特に、モチベーションが維持できない理由は、ジャズ理論を学ぶ目的が不明確であることが原因でしょう。
例えば、英語を学びたいと考えたとき、自分が学びたい理由は、旅先での会話に不自由しないためなのか、英語で推理小説を読みたいのかで学びたい内容(英会話なのか読解力なのか)が決まるでしょう。
同じように、ソロの内容をよくしたい、演奏中にまわりの音を正確に聞き取れるようになりたい、きちんと譜面が書けるようになりたい、作編曲の質をあげたい、というようにジャズ理論を学んで何をしたいのかを明確に持つ必要があります。なぜなら、一言で「ジャズ理論」といっても様々な分野があり、優先して学ぶべき内容は、実現したい目標によって大きく異なるからです。
挫折の原因
明確な目標をもって学習を始めても挫折をする人が少なくありません。なぜなら、適切な教材がみあたらないことや、学習方法が効率的でないからです。
例えば、英語を学びたいという日本人はたくさんいますから、英語学習の教材は、到達度や目標に応じてたくさんの種類がありますし、英語を学ぶことができる場所は、個人教師から外国語大学までさまざまです。英語教育の方法論も確立されています。
ところが、ジャズ理論を学びたいという日本人はとても少ないといえます。したがって、教材の種類が十分とはいえず、ご自身の目標に沿ったないようのものがあるかというと、それほど期待できないと考えるほうが自然です。したがって、ジャズの理論書なるものを買って紐解いたとしても、書かれた内容が自身の目標にどのようにつながるかがイメージできずに意欲が低下したり、あるいは簡単すぎたり難解すぎたりして挫折するということは、大いにありうることだと考えます。
ジャズ理論は独学できるのか
ジャズ理論をしっかり学ぶためには、ジャズ理論についてしっかり学んだ人の助言を受ける機会が必要だと考えます。
私自身、ジャズ理論のレッスンを受けた経験はありません。理論的なことは自学自習で学んできたと自負していたのですが、最近はどうもそうではなかったことに気づきました。
例えば、ジャム・セッションのホスト・プレイヤーから助言を受けたり、共演してくれた先輩プレイヤーからリハーサル中や休憩時間にいろいろ教えてもらったり、あるいは、自身で書いた譜面が思い通りのサウンドにならなくて試行錯誤したりといった経験のなかで、ジャズの考え方や知識を身に着けてきたことが大きいと考えるのです。特に20代の頃は毎日のように演奏やリハーサル、練習会がありましたから、まさに「現場が学校」だったのです。
理論書を紐解いて自学自習できる方もなかにはいらっしゃると思いますが、誰かに質問したり、誤解を指摘してもらったりという、ジャズ・コミュニティにおける他者との関わりなしにきちんと理解するというのはなかなか難しいのではと思います。
理論は「実技」である
ジャズ理論は「座学」のようなものだと考えている方もいらっしゃるでしょう。しかし、私は「実技」だと考えています。
例えば、オルタード・スケールという言葉を知っている方も少なくないと思います。しかし、オルタード・スケールを知っていて、そのスケールをメジャー・スケールのように演奏できたとしても、それを生かしたソロができるようになった段階でオルタード・スケールを理解したといえるのではないでしょうか。
もちろん、それだけではいけません。例えば、バンドの誰かがオルタード・スケールに基づいたソロをしているのであれば、ピアニスト、ギタリスト、ベーシストなどのリズム・セクションのプレイヤーであれば、それに合わせたコンピングやベースラインでサポートする必要があります。ソロがオルタード・スケールを知っていて、そのスケールに基づいたソロに対して、例えばミクソリディアンに基づくコンピングをしているようでは、オルタード・スケールを理解しているといえるでしょうか。
もちろん、作曲や編曲に興味があるのであれば、オルタード・スケールについての知識を作編曲という表現に生かせることが必要でしょう。
つまり、ジャズ理論は、知っていることを「表現できること」に加えて、「聞いて分かること」ができて始めて、その知識を生かすことができるといえます。そういう意味で、ジャズ理論は「実技」なのです。
つまり、ジャズ理論とは、理論書を読むだけではなく、そこに譜例があれば実際にピアノで弾いてみること、実例があれば譜面や音源でしっかり確認すること、そして、自身のレパートリーであてはまる箇所についてはしっかり認識できるよう復習すること、このようなプロセスをしながらしっかり学ぶ必要があるのですが、そのような理論書の読み方をしている方はなかなか少数派なのではないでしょうか。
これまでジャズ理論を学ぼうとして挫折した経験のある方、これからジャズ理論を学んでみようかなと考えている方は、自身の目標を明確にした上で、ジャズ理論についてしっかり学んだ人のサポートを受けながら着実に学んでいくことをおすすめします。
まとめ
小学生くらいであれば、十分な広さのコートがなくても、人数が11人いなくても、またオフサイドのようなルールが厳密でなくても、サッカーは楽しめます。でも、少しずつ上達するにつれて、そのようなサッカーでは空きたらなくなるでしょう。広さは確保できなくても、戦略やルールは少しずつ本格的なものにしていきたいと考えるようになるでしょう。そのほうが楽しいからです。
ジャズの演奏も同じことがいえます。多少、いい加減な内容や進行でも、アンサンブルはプリミティブに楽しいものです。ところが、やがて飽きたらなくなってきます。自身の楽器のスキルを学ぶとともに、ジャズのアンサンブルのマナーや、コード進行やリズムについてより深く知り、そして実践したい気持ちが芽生えるでしょう。そのほうが楽しいことは、多くのミュージシャンが保証するところでしょう。
いきなり完璧に理解することは不可能です。分からないこともたくさんありますし、分かっていてもできないこともあります。でも少しずつ磨きを掛けることで、間違いなく楽しさが加速度的に増えていきます。楽器の技術向上へのモチベーションも上がることでしょう。
ジャズの理論はとっつきにくく、また冒頭で申し上げたようなネガティブなイメージばかりをお持ちの方も少なくないかと思いますが、ぜひこの機会に、ジャズ理論に興味をもっていただけたら幸いです。