楽譜は、五線紙に手書きするときとコンピュータを使って書くときがあります。
コンピュータで書くときは専用のソフトを使うのですが、これをミュージック・ノーテーション・ソフトウェアと総称します。いろいろな種類があるのですが、私は20年近く前から Lilypond を使っています。
大学時代に LaTeX を使って論文を書いた経験のある方もいらっしゃるかもしれませんが、Lilypond は、LaTeX のように、楽譜をテキストエディタを使って書いて、それをコンパイルすることでpdfなどの画像として出力するという特徴があります。
楽譜のことをなんとなく画像のように2次元の広がりだと認識している方も少なくないと思います。これは、プロのミュージシャンにもあてはまるかもしれません。ところが、私は、文章のように基本的には1次元なものだと考えています。
確かに、ピアノの2段譜、あるいはオーケストラの総譜を見ると、それは1次元というよりは2次元と考えることができるでしょう。しかし、ひとつひとつの声部に注目すると、例えば Allegro や Medium swing のようなテンポの標語は拍子記号の上に書くという決まりがありますし(曲の途中など拍子記号がないときはテンポが変わる拍)、アクセントやオーナメントやダイナミクスなどの記号は音符の上下に書きます。このように考えると、それぞれの声部は1次元的に捉えることができます。
ということは、楽譜は文章のようにテキストで表記できるということがいえます。
Lilypond は、楽譜をテキストとして入力します。例えば、童謡の「ちょうちょう」のメロディは
g4 e e2 f4 d d2 c4 d e f g g g r
のように音名と音価で表現します。
面倒くさいと感じる方のほうが圧倒的大多数とは思います。しかし、このように入力するメリットはいくつかあります。
第1に、時短になることです。作業時間の大半を純粋に音符を入力する時間に充てることができること、加えて、キーボードで入力するので慣れれは早いことが理由です。マウスで細かな調整をする時間を取られることはありません。なぜなら、細かな位置の調整にマウスを使うことができないからです。
第2に、音楽に集中できることです。頭のなかで考えついた文章をキーボードに打ち込んでいくように、頭のなかのメロディなどの音楽を、同様にキーボードでタイプしていくだけです。メロディもベースラインもコード進行も歌詞も例外ありません。右手がマウスとキーボードを行き来したり、視点が画面のあちこちに移動したりといったことがとても少ないことは、とても快適です。楽譜の見栄えはソフトウェアが調整してくれますし、それがどうしても気に入らなくてもあとで手直しすればよいことです。
ところで、私が Lilypond を使うようになったきっかけはあまりよく覚えていないのですが、GUIの楽譜ノーテーション・ソフトに不満だったからだと思います。LaTeX は当時から使っていたので、同じような発想で楽譜を書くソフトがあるのではないかと探し始めたのかもしれません。
当時私は Windows を使っていたのですが、その頃、Lilypond は Windows に対応していませんでした。ただ、cygwin という UNIX のような実行環境を導入すれば動くということが分かったので、その仕組みを利用して動かしていました。当時は文字コードの問題もあって日本語が使えないばかりかマニュアルも日本語訳がない状況で、学習には一苦労でしたが、それでもベースを習得するよりははるかに易しいと感じましたし、学習に割いた時間は、Lilypond を使う効率のよさで十分取り返したと思います。
現在、Lilypond はマニュアルの日本語訳も進みましたし、Windows でも動くようになりました。確かに、最初はとっつきにくいソフトウェアかもしれませんが、頑張って食いついていけばとても快適な楽譜作成環境が得られると思います。
私は、Visual Studio Code というコード・エディタに Lilypond のプラグインを入れて使っています。また、これまでの蓄積をまとめた自身の設定ファイルとテンプレートをもとにリード・シートからビッグバンドまで、さまざまな規模のアンサンブルの楽譜を作ってきました。
もし、ご要望があれば、今後 Lilypond をジャズで使っていくための情報についても書いていこうかなと考えています。