ベースの演奏にはいろいろな要素があります。

ジャズは即興演奏ですから、ベースラインやソロの質が高いかということもあります。

他方で、アンサンブルの中でベースの存在感ということも重要です。

ベースラインやソロの内容が今ひとつな演奏よりは、内容が興味深いほうが存在感があるでしょう。しかし、ここでは内容のことはひとまず脇において、ベースの音色に絞って考えてみることにしましょう。なぜなら、どんなによい音楽的なアイディアも、ひどい音色だったり、音量が小さすぎたりすると、十分な存在感が得られないからです。

よい音色とは

よい音色あるいは豊かな音色とは、ざっくりといえば、倍音成分が豊かに含まれていることをいいます。加えて、ある程度大きな音量で鳴らすことができることも必要でしょう。この2つの条件が満たされるだけで、ソロであれベースラインであれ、アンサンブルのなかでしっかりと存在感を示すことができます。

倍音成分も音量も測定が可能です。倍音成分が豊かだということは、低音から高音域まで幅広い音域で楽器が鳴るということです。

コントラバスは実音よりも1オクターブ低く記譜しますから、Eの開放はピアノの最低音のAの5度上にあたります。ところが、同じ音であってもコントラバスのEの開放弦はピアノの音色と比べて明らかに音色が異なります。音色の違いはすなわち倍音成分の違いなのですが、一般によいコントラバスはほかの楽器と比べて基音に対して高い倍音もしっかり鳴っています。これは、ピアノでは鋭く、また単音では聞き取りにくい音域であっても、コントラバスが演奏すればまた異なる印象を受ける理由といえます。

さて、よい音色を得るにはどうしたらよいでしょうか。

元も子もない言い方をするならば、高価な楽器を買うこと以外にありません。

より正確には「高価な楽器」ではなく「性能のよい楽器」というべきなのですが、一般に性能のよい楽器は高価なものです。

ここでいう「性能」とは、倍音成分が多く含まれて、かつ、大きな音が出るということです。これはざっくりいうとボディのつくり(材質や製作精度)で決まると考えてよいと思います。伝統的なコントラバスのボディは、表板がスプルース、横と後ろがメイプルを使ってつくります。これらの材料は決して高価なものではないそうなのですが、コントラバスは製作してから300年くらい使われることを前提にすることから、材が歪むことがないようにじゅうぶんに安定してから組み立てる必要があります。このような材を求めようとするとどうしても高価になることは想像に難くありません。

楽器の調整についての考え方

繰り返しになりますが、楽器の性能がボディで決まるとすれば、楽器の調整や弦のようなパーツの選択はどう考えたらよいでしょうか。

極端な例ですが、どんなに高価で性能の高いコントラバスも、弦を張っていなければまともな演奏はできません。そこまでいかなくても、弦が極端に古すぎて使い物にならなかったり、魂柱や駒の調整がでたらめだったりすると、楽器本来の性能がじゅうぶんに発揮されないということはいえるでしょう。

私の考えでは、楽器のパフォーマンスとは、楽器本来の性能に2つの係数を掛け合わせたものだと考えます。係数の1つとは楽器の調整で、もう1つの係数は奏者の力量です。

これらの係数は、必ず0から1の間であって、1を超えることはありません。したがって、どんなに調整に時間や費用をかけても、楽器本来の性能を超えることはありません。例えば、性能100の楽器に対する調整を万全にして、その係数を1に近づけようとするくらいなら、性能200の楽器を買ってそこそこに調整するほうがよいパフォーマンスになるということはいえるでしょう。

弦やピックアップの音色の違いの考え方

最近はコントラバスの弦の銘柄が増えましたし、ジャズ・ベーシストであれば、ピックアップで音を拾ってアンプで増幅して演奏している方も少なくないことでしょう。

すでに説明したように音色の違いは倍音成分の違いです。そして、どのような倍音成分を出すことができるかは楽器の性能で決まっています。

確かに弦ごとに音色の違いがあることは事実ですが、それは楽器のどの倍音成分をどのように引き出すかという違いに過ぎません。ある銘柄の弦に変えることで、それまでの弦では引き出すことができなかったある音域の倍音成分を引き出すことはあるでしょう。しかし、楽器本来の性能以上のパフォーマンスは期待できません。例えば、本来低音の抜けの悪い楽器にはどのような弦を張っても抜本的な解決にはならないと考えるべきです。

ピックアップやアンプについても同様です。確かに、アンプのイコライザである程度音色を整えることは可能でしょう。しかし、例えば、誰かの講演が曖昧模糊とした発話だからといってマイクと音響装置を使って拡声したとしても、曖昧模糊とした発話が大きな音量で再生されるだけであって、発音が明瞭になるわけではありません。ベースのピックアップやアンプの設定にも限界があるのです。

演奏技術向上による音色の改善

楽器のパフォーマンスは、楽器本来の性能に2つの係数、すなわち楽器の調整具合と、奏者の力量をかけ合わせたものだといいました。

楽器の調整具合の係数の改善に時間や費用をかけるくらいなら性能のよい楽器を手に入れるほうが早いと元も子もないことを書きましたが、演奏技術の向上はどう考えたらよいのでしょうか。

冒頭に書いたように、話題にしているのは音色についてですから、ベースラインやソロの内容についてはひとまずおいておきます。そうすると、ここでいう演奏技術とは、楽器のポテンシャルを引き出す演奏技術ということになります。

たまに、学校の吹奏楽やジャズ研の備品のコントラバスのように酷い状態のコントラバスを見かけることがあります。それでも、楽器の調整具合としては0.5前後ではないでしょうか。そして、現実的な調整として期待できる係数は、せいぜい0.9前後であることを考えると、楽器の調整の係数を改善することで、多く見積もっても楽器のパフォーマンスの改善は2倍期待できるということです。

それでは、奏者の力量はどうでしょう。ここで、楽器のポテンシャルを引き出す演奏技術に限るとして、皆さんの演奏技術を係数に置き換えるとどれくらいでしょう。

私は、本当の一流のベーシストの係数を0.9かそれ以上と仮定すると、例えば、平均的な中高生や大学ジャズ研のベーシストの演奏技術の係数はかなり甘く見積もって0.2程度だと考えています。つまり4〜5倍も向上の余地があります。しかも、この係数は楽器を書い直してもリセットされません。

この0.2程度という数字、意外と厳しいと感じた方もいらっしゃるかもしれないのですが、もし私が実際に皆さんにお会いして、手元に適当なコントラバスがあれば実演して差し上げることができます。

たとえば、コントラバス奏法は、左手は指板に対して垂直に弦を押し下げ、また、右手はジャズのピッツィカートの場合、指板に対して水平方向に弦をはじくのが大原則です。なぜなら、そのように演奏したときにもっとも豊かな音色で大きな音がするからです。

ところが、常にこのような奏法で演奏しているベーシストは、学生やアマチュアのジャズ・ベーシストのなかでも非常に限られているといえます。

例えば、G弦の開放の音と、D弦で同じGの音をピッツィカートで弾いたとき、音色に大きな違いがあるとすれば、左手の押さえ方に改善の余地があるといえるのですが、これを改善することで演奏技術の係数は5割から10割程度向上することが期待できるでしょう。加えて、右手の指弾する方向を弦ごとにコントロールする訓練を一定期間積んでこなかったベーシストも少なくないはずですが、このような訓練をすることで、さらにこの係数を高めることもできるのです

これは、性能100のコントラバスから性能200程度のコントラバスに買い換えるくらいのインパクトがあるはずです。

たしかに練習には根気と時間が必要ですが、楽器の調整に悩まされるくらいなら練習をしたほうが技術や評価も向上するのでよいことばかりのはずです。

まとめ

コントラバスの音色について、楽器本来の性能、調整、そして演奏技術の3つの要素で説明を試みました。

楽器の調整は楽器本来の性能を引き出すことに加えて、プレイアビリティに直結する問題でもあるので、もちろん重要であることに違いありません。しかし、見落としがちなのは、楽器本来の性能以上に調整することは不可能です。どんなパーツを取り付けても、5人乗りの乗用車を路線バスのような乗車定員にすることはできないはずです。

同様に、演奏技術によって楽器本来の持つ性能以上のものを引き出すことはできません。ところが、同じ楽器でも熟練の人が演奏すると「このベースからこんな音がすることがあるんだ」と驚かされることがあるように、優れたベーシストの演奏技術の係数が自身の演奏技術の係数とくらべてはるかに高いということはいえるのではないかと思うのです。

しかも、自身の演奏技術は、誰かの楽器を演奏したり、楽器を買い換えたりするときにも通用するものです。

楽器の音色に悩むのであれば楽器の買い替えも視野にいれつつも、自身の演奏技術向上に真剣に取り組むことが重要だ、というのが今日の結論です。