ジャズを演奏するためには、楽器の鍛錬に加えて音楽そのものの理解を深める必要があります。またクリエイティブであるためには、過去の遺産から学ぶことも少なくありません。
私の印象では、優れた演奏者ほど膨大な事例研究を日々積み重ねているように思われます。
私の場合、ジャズやコントラバスのことが本当に好きなので、ついいろいろ探求してみたくなるのだと思います。人を夢中にさせるだけの魅力がジャズやコントラバスにはあります。その魅力を共有することもまた喜びのひとつともいえます。したがって、最近は自らが研究してきたことを発信していくことにも力を入れています。
ジャズセオリーの研究
ジャズや音楽の理論は巷にあふれていますが、なかには発信者の理解度に疑問を抱かざるを得ないようなものもあります。
理論とは、実践と事例研究の積み重ねの結果だと考えています。したがって、机上の空論ではなく、根拠が何で、それがどのように演奏や作編曲のような表現に生きるか、ということを重視します。加えて、原則には例外がつきものでもあります。したがって、私は、何かを説明するときには、できるだけ根拠や事例をいくつか示すとともに、必要に応じて例外についても言及するようにつとめています。
最近になって、私なりのジャズセオリーの蓄積ができてきたように感じます。研究成果は、ジャズコード辞典として少しずつまとめています。これは、従来の理論書を参照することなく、私のこれまでのケーススタディに基づいてまとめています。
事例研究
どのような仕事でも、成功事例あるいは失敗事例から学ぶという姿勢の重要性はあてはまるのではないかと考えます。
ジャズを学ぶためにも、事例研究は重要です。ジャズにおける代表的な事例研究の例として、トランスクリプション(採譜、いわゆる耳コピー)をあげることができます。このほかにも、ディスコグラフィを整理したり、ジャズ史の本を紐解いたり、あるいは、ミュージシャンの評伝や伝記をしらべたりということがあります。
このうち私が重視しているのはトランスクリプションです。
ソロやベースラインの採譜
ほとんど説明は不要だと思いますが、ソロやベースラインを採譜することは、その奏者の音楽的なアイディアを理解する直接的な方法です。ソロに関してはベースに限らず、ほかの楽器のソロを採譜してベースで演奏してみることも重要だと考えます。
アンサンブル全体の採譜
レコードを聴いていると、どこまでが即興でどこまでが決められているか、ふと疑問に感じることはありませんか。
例えば、ビッグバンドであれば、ソロパートを除いて、ホーン・セクションのほとんどのパートは、いわゆる「書き譜(written music)」であることは想像に難くありません。それでは、小編成のコンボ、例えばハードバップ期のクインテットの場合はどうでしょうか。
これは、リーダーの考え方による違いも大きいと思います。例えば、ベニー・ゴルソンの場合、リズム・セクションへの指示はそれほど細かなものではありませんが、それでも演奏を注意深く聴くことで、必要なキック(きめ)やダイナミクスの指示についてはバンド全体でしっかり共有されていることが分かるでしょう。
ホレス・シルバー・クインテットを採譜すると分かるのですが、テーマ部分についてはホーン・セクションを含めてほとんどが「書き譜」であることが分かります。AABA形式の曲の場合、セクションAは、前テーマと後テーマで合計6回ありますが、ピアノのコンピング、ベースラインなどが、どれも同じというケースが珍しくないのです。
このように、自由な音楽、個人の裁量といった部分が強調される傾向があるジャズのアンサンブルですが、他方でアンサンブルには緻密な部分があるということも実感することができます。これは、実際にていねいな採譜を数多く取り組んだ人だけが手に入れることができる知見だと思います。私も、引き続き努力したいと思います。
実際に、アンサンブル全体を採譜することでさまざまな発見があると同時に、次のようなさまざまな要素への感覚が研ぎ澄まされます。
- アーティキュレーションや音価
- ダイナミクス
- リズムやグルーヴ
- ジャズ・アンサンブルのマナー(作法)
- メロディやコード、テンションとの相互関係
実際アンサンブル中にほかのメンバーの音の聞こえ方も変わりますし、また、リハーサルの進め方も変わりました。
これはとても重要なことなので、ライフワークとして続けていきたいと思います。
楽曲研究
ジャズのレパートリーには、大きくジャズオリジナルとソング(歌もの)に分けることができます。
このうち、後者はもともとジャズで演奏するために作られた楽曲ではないケースが大半ですが、ジャズ・ミュージシャンによる演奏には、テンポ、キー、コード進行、リズムや拍子、歌詞などにさまざまなバリエーションがあります。
よくジャム・セッションで、「コードが間違っている」という指摘を受けているボーカリストがいますが、私にいわせれば、指摘している方も研究不足ではないかと思われるケースも決して少なくありません。
ジャズが好きでさまざまな研究をしてきたなかで、私の楽曲研究のスタイルは概ね次のように定まってきました。
- 作曲者、作詞者と、製作年、初演や初出を調べる。
- ジャズを中心に主要な録音を探して集める。初録音は可能な限り入手する。
- 入手した録音の録音年月日をすべて調べて、録音順に並び替えるて聴き込む。
- キーやコード進行をざっと採譜して、時代が進むにつれてどのように変化しているかをつかむ。
- 気になるソロやアレンジがあれば、じっくりと取り組む。
これまでこのスタイルで研究した楽曲はようやく100曲を超えたくらいになりました。ジャズ・スタンダード全体から見れば数パーセント程度に過ぎず、まだまだです。労力は必要で、正直疲れるのですが、継続してきたいと思います。